異邦人

大学受験に失敗した私は、予備校に通うことになった。

高校の時みたいに3年間苦楽を共にした仲間とも離れ、独りぼっちの戦いが始まった。

周りの浪人生たちを見渡すと、チャラい感じの子もいれば、何浪かしてる感じで切羽詰まった雰囲気のがり勉タイプもいた。

私と似たようなタイプがいなくて、かえって授業に集中できるかと思っていたけれど、今にして思えば、それがあの頃の私にとっては、果たして良かったのか・・・

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教室の一番前で授業を受けるのが日課になっていた私。

とにかく学力をつけて、こんな孤独な場から少しでも早く卒業したかった。

 

高校の先生達とは違って、さすがプロって思えるくらい、熱のこもった授業が毎日行われている中、絶対に生徒と目を合わせようとしない講師が一人だけいた。

問題集と黒板だけを見ているのに、教え方は上手かった。

でも、何より、教室の雑音があったとしても、耳に入ってくる先生の声が、私の中に沁み込んでいく不思議な感覚に私はいつしか酔いしれた。

 

教室内では、先生も孤独。私も孤独。

なんだか、シンパシーを勝手に感じてしまった。

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それからは、今では一番嫌いだった古文が、自分でもビックリするくらい興味がわいてきて、質問に講師控室を訪れるまでになっていた。

 

どれだけ通っただろう。

先生が古典の世界観を語る時、授業の時よりも言葉に熱量を感じる。

私も同じ温度を感じたくて、先生の声だけに集中する。

あぁ、まるで二人で時空の旅をしているみたい。

私も、先生みたいになりたい・・・

 

いつしか、先生の出身大学への進学を私は決めていた。

 

 

大学入試結果発表の日。

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先生のお陰で、私、合格したよ!!

嬉しくて、合格通知を握りしめて、予備校に向かって駆け出していた。

先生、きっと、喜んでくれるだろうな!!!

 

格通知を見た先生からかけてもらえる言葉や笑顔を想像しながら、私は高鳴る鼓動を押さえて、扉をノックした。

扉を開くと、そこには他学部を受験した生徒達も報告にやって来ていた。

 

先生は、私の合格通知を確認し、発した言葉はこれだった。

「おめでとうございます。これからも頑張ってくださいね。」

 

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その時、初めて気づいたの。

あなたにとって、私は、大勢の中の一人だったのね・・・って。

 

まるで、それまでの日々が高熱にうなされてる中で見た幻影のように、崩れ去っていく。

自宅までの帰り道、頭がぼんやりして、いつも見慣れた風景がモノトーンに私の目には映っていた。

どれだけの時間が過ぎたんだろう。外は真っ暗になっていた。

 

このままで終わってしまっていいの?

 

机の灯りをつけ、引出しから便箋を取り出した。

最後に、せめて募った想いだけは伝えようと・・・

 

でもね、いざ 書こうとすると、笑っちゃうんだけど、何も書けなくて。

 

そっか・・・

本当は、私、先生の何も知らなかったんだね・・・

 

先生にとっても、きっとそうなんだろうな。

お互い、道行く途中、ほんの一瞬、すれ違っただけの関係だったんだね。

何かが始まることすらなかった、私の一方的な片思い。

自分で消すしかないんだよね・・・

 

そして、私は手紙に書いた。

「先生、有難うございました。さよなら。お元気で。」

 

異邦人

歌手:久保田早紀

作詞:久保田早紀

作曲:久保田早紀