僕のあだ名は、イエスマン。
争うことが嫌いで、出来る限りみんなに同調し、自分の意見を言わないように生きてきた。
だってさ、誰かが傷ついたり、泣いたり、悲しんだりするのを見るのが嫌なんだ。
そんなお人好しな性格も災いして、僕の恋はいつも片想い止まり。
それでも、人は恋をしてしまう。
この4年間の僕の大学生活に彩りを添えてくれる人がいたのだ。
彼女はイマドキの女子大生とは違って、奥ゆかしい雰囲気を纏っていた。
階段教室の後ろの席から彼女のことを眺めてるだけで幸せだった僕にとって、3回生で彼女が同じゼミに姿を現した時には息が止まるかと思った。
グループ研究を経て、少しずつ距離が縮まり、彼女からは「ずっと昔から知ってる感じがして、あなたといると、凄く居心地がいいんだぁ」とさえ言われるようになった。
女神からの全幅の信頼を勝ち取った僕は、今まで歩んできた人生で、今が一番最高の瞬間だった。
そんなある日、彼女から話があるから二人きりで会いたいと電話が入った。
僕は高鳴る鼓動を抑えつつ、待ち合わせのカフェで、普段は飲まないのに少しでも大人っぽく見せたくて、ブラックのコーヒーを頼んだ。
目の前には、恥ずかしそうに頬を赤らめた女神が座ってる。
「私、付き合おうって言われたの・・・あなたもよく知ってる人よ・・・」
まず、僕への告白じゃなかったこともショックだったが、彼女の口から出た名前を聞いて、僕はコーヒーの苦味さえも感じなくなってしまった。
そいつは、君とはかけ離れた存在だ!
きっと、君は傷つけられる。
やめておけ!
そう伝えたかったけれど、僕はその全てを飲み込んだ。
何故かって?
それは、彼女があんなに嬉しそうに話してるからじゃないか・・・
こんな時、僕はつくづくイエスマンが嫌になる・・・
僕の心配をよそに親友と付き合い始めた彼女は、本当に幸せそうだった。
最初は苦しくて、辛くて、悔しかったけど、あいつのポルシェの助手席で、はにかみながら座ってる姿を見て、少しずつ安堵を覚え始めている自分がいた。
そんなある日、彼女が大学に姿を見せなくなった。
心配になった僕は、彼女の下宿先を訪れた。
呼び鈴を押して暫くすると、少し開いた扉の向こうに青白い顔をした彼女が現れた。
通された部屋は、まだ明るいというのに、カーテンは閉められたまま。
テーブルの上には、飲めないはずのビールの空き缶が散乱している。
「ビックリした・・・?幻滅するよね・・・こんなんじゃ・・・」
そう発した後、彼女は肩を震わせながら嗚咽を漏らした。
それから、まるで道に迷った幼子のようにひたすら泣き続けた。
どれくらいの時間、彼女の背中をさすっていたのだろう。
壊れそうなくらい、か細い声で、彼女はポツリと呟いた。
「つまらねぇ女・・・だって」
すさんだ瞳とその一言で、僕は全てを察した。
彼女のマンションを後にした僕は、ある場所へとすぐさま駆け出した。
そして、突然社長室に飛び込んできた息子に驚く父に向かって、こう言った。
「あいつの親父の会社を買収してくれ」
今までは親友だと思っていたから、「それだけはやめてくれ」と父に懇願してきた。
だけど、今の僕は、彼女のためなら悪にでもなれる・・・
空と君のあいだに
歌手:中島みゆき
作詞:中島みゆき
作曲:中島みゆき
『同情するなら金をくれ』というインパクト大のセリフを視聴者の心に残した作品、ドラマ「家なき子」の主題歌で起用されました。