Eyes to me

「ねぇ、二人って、そろそろ付き合って3年目でしょ?」

「それくらいが一般的に倦怠期なんだって!ねぇ、飽きてこない?」

興味津々に仲間たちが、私に尋ねる。

みんな、私の恋の応援団。

今のこの恋が成就したのも、ずっと支えてくれた仲間たちのお陰。

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彼との出会いは、大学のバスケの試合を観に行った時だった。

相手チームの何人もの守備が彼の前に立ちはだかっていたけれど、一瞬の隙をついて電光石火のごとく、ゴール下へと切り込んでいった姿に、私は心を奪われた。

 

そんな彼が同じ講座に姿を見せた時、初めて同じ学部だったと知り、胸の高鳴りが周囲に聞こえるんじゃないかってくらいドキドキしたのを覚えている。

 

積極的な友人の一人が彼のグループに声をかけ、次第にお茶したり、みんなで試験勉強したりするまでになっていった。

 

でも、どんな時も彼の目の前には座ることはできなくて・・・

いつも私は席を1つ開けて座ってた。歩く時も一歩後ろをついていく。

だってね、彼と同じ空間にいられるだけで、そっと眺められるだけで、私は幸せだったの。

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私の気持ちに気づいていた友人達にとって、そんな私の姿は、とてももどかしく映っていたみたい。

「彼の目に映らなきゃ意味ないじゃん!」と、髪型、淡いネイル、そして、女の子らしい洋服をプロデュースしてくれ、少しだけみんなの手で、私、変身させてもらったの。

鏡に映った姿を初めて見た時、私なんだけど、私じゃないみたいだった。

恋って女の子を綺麗にする魔法みたいに感じて、それからは毎日が楽しくて、自然と笑顔が増えていった。

 

 

暫くして、後期試験が近づき、図書館へ足を運ぶことが多くなっていた私。

いつもの指定席に着き、黙々と取り組み始めた。

どれくらい経ったかな。

窓から見える構内の灯りがともったのに気づいた私は、帰りの支度をしようと、ふと横を見ると・・・

 

うそ!?

彼が隣りに座ってる!!

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そして、私の視線に気づくと、ニコッといつもの笑顔でこう言ってくれたの。

「凄い集中力だね。遅いし、駅まで送ってくよ。」

 

いつも斜め後ろからしか見たことのない彼の顔。

爽やかな微笑みは、今、私にだけ向けられている・・・

 

その時の自分がどんな顔をしていたのか、彼とどんな話をして帰ったのか、情けないんだけど覚えていなくて。

だって、頭の中はずっと彼の声も自分の声もエコーがかかったみたいにこだましていて、フワフワした歩行感覚だったんですもの。

 

その日から、どんな時も私の傍には、彼がそっと座ってくれるようになった。

彼のはにかんだ笑顔。

目を合わせる度に、私の鼓動は速くなる。

胸の辺りがキュンとするけれど、でも、ずっと、ずっと、見ていたい!

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「あぁ!私、世界一幸せな女子ね!

 だって、ずーっと好きだった彼と付き合うことになったんだもの!

 みんなのお陰!ほんと、有難う!!」

恋の応援団に嬉しい報告をしたあの日を私は忘れない。

 

不思議なんだけど、あれから3年も経ったのに、あの頃から全くって言っていいほど、彼へのトキメキは変わってないの。

彼が私に向けてくれる、はにかんだ笑顔がたまらなく好き!

いつだって彼の瞳に映る私、凄く幸せそうに笑ってるんだから!!

 

Eyes to me

歌手:DREAMS COME TRUE

作詞:吉田美和

作曲:中村正人

リフレインが叫んでる

あの日、夕陽に染められた茜色の空の下、私は突然、彼に別れを告げられた。

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結婚の話まで出ていて、このまま二人で幸せになると思っていた私にとって、余りの衝撃で言葉がなかなか出てこない・・・

 

「別れよう」って、どういうこと?

私、あなたを幻滅させるようなこと、何かした?

一体、何が原因なの??

とにかく、この沈黙を破らないと・・・

 

「ちょっと待って!いきなりどうして?私、何かした??酷いよ!理由を聞かせて!」

 

でも、返ってきた言葉は、「君とは人生を一緒に歩めない。ただそれだけだ。」

今まで見たこともないような冷ややかな彼の瞳。

それを見た時、私は彼の気持ちを変えることはもう出来ないと悟った。

 

 

あの日から、私は夕暮れが大嫌いになり、ネオンが冴える時間まで働く日々を送るようになった。

理性がある状態で、暗い部屋に帰るのは辛かった。孤独や虚無感に耐えられるほど、私の心は回復していなかったからだ。

それで、毎夜、ふらりとどこかのBarへと足を運ぶ日々が続いた。

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今日も独り、ウィスキーをロックで注文する。

最初の頃は、とにかく酔えるからという理由で頼んでいたけど、今ではスモーキーな香りに心がホッと落ち着くまでになった。

少し身体が火照ってきた頃、聞き覚えのある声が・・・

 

振り返ると、そこには彼の幼馴染がいた。

もしかして、あの人も・・・

急に鼓動が速くなる。

その場から逃げるように店を立ち去った私を追いかけてきたのは、あの人ではなかった。

 

「待ってくれ!君にどうしても伝えないといけないことがあるんだ!あいつがどうして君と別れたのかを・・・」

 

私の足が止まる。

それは、私が一番知りたかったこと。ずっと抜けない心の棘。

 

「あいつは、心から君のことを愛していた。本気で結婚するつもりだったんだ。だけど、スキルス性の癌だとわかり、あいつは見ていられないほど悩んでいた。あいつ、言ってたよ・・・『神様はどうして僕達を出逢わせたんだろうな』って。残された時間を君と過ごすことも考えていた。でも、そうすれば、君に永遠の辛い別れを味わわせてしまう。それで、あいつ、あんな別れ方をしたんだ。」

 

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あぁ、私、何も知らなかった。

彼がそんなに苦しんでいたなんて・・・

いつも傍にいたのに、愛していたのに、どうして気づけなかったんだろう。

 

あぁ、どうして、私、彼のもとを離れてしまったんだろう。

痛みと死への恐怖の中に、彼を独り置き去りにしてしまった・・・

二度と会えなくなるなら、最後まであなたに寄り添うべきだったのに・・・

 

リフレインが叫んでる

歌手:松任谷由実

作詞:松任谷由美

作曲:松任谷由美

 

※ 本作は多くの歌手によってカバーされたり、ライブなどで歌われている。

今回は、ライブでJUJUさんによって披露されたもの(儚い雰囲気)からインスピレーションを受けて創作している。

ありがとう

40年前の今日、私達は結婚した。

ねぇ、あなた、あの時のプロポーズの言葉を覚えてる?

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「一生、君を愛するから」

 

 

結婚と同時に、あなたの転勤で見知らぬ土地へと移り住んだ私。

右も左もわからない異国だったけど、若さで、なんとか乗り越えてきた。

子ども2人にも恵まれ、毎日が慌しくて大変だったけど、今はとてもいい思い出よ。

 

時には、ぶつかったこともあったわよね。

でもそれは、家族みんなで「より良い未来」へ向かって歩むためだった。

独身時代のように一人で道を決めてきた頃とは違い、相談し合える人がいるって幸せなことよね。

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あなたと選んだ道をひたすら信じて歩んできた40年。

世の中には、私達よりも、もっと苦楽を共にしてきたご夫婦がいるわ。

それに比べると、私達は平凡な道だったかもしれないわね。

 

新婚時代に毎日かけてくれていた「愛してる」の言葉は、当の昔に聞こえなくなったけど、子ども達が我が家を巣立っていった今、ふと思ったの。

 

「愛してる」の言葉よりも、些細なことでも「ありがとう」と伝え合える人が傍にいることに感謝しなきゃって・・・

 

でも、長年、子ども達の父親母親として歩んできた二人だから、その「ありがとう」さえ照れくさく感じる時があるわよね。

だけど、あの頃のように、今は家の中では私達二人だけ。

もしかしたら、ようやく「夫婦」としてのスタートラインに立ったのかもしれない。

 

 

健康のためにと、二人で始めた朝夕のウォーキング。

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薄暗がりの中、私は彼の手をあの頃と同じように、そっと繋いでみた・・・

 

ありがとう

歌手:いきものがかり

作詞:水野良樹

作曲:水野良樹

 

※ 22日は『夫婦の日』だそうです。本作品を全てのご夫婦に捧げます。

I've Never Been To Me(愛はかげろうのように)

あの頃、女子大生だった私達。

卒業してからも定期的に集まっては、近況を伝え合う食事会を開いてきた。

社会人やってた頃は、会社の愚痴、恋の悩みなど赤裸々に語り合った。

28歳の時、私達の中からも結婚第一号が出たわ。

 

30歳まで、あと2年。

 

焦らないわけじゃなかったのよ。

でもね、その当時、海外出張することが多い部署にいた私は、各国を飛び回る日々を過ごしていた。

最初に結婚した友人に赤ちゃんができた時なんかは、イタリアの美しい夜景を眺めながらワインを飲んでいたかしら。

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こうやって日本を飛び出して世界中を旅してると、刺激的なことが多くて、当時の私は「家庭なんかにこじんまり納まるなんてバカみたい」って、どこか優越感に浸っていたわ。

 

でも、そのうち残りの友人達が、あれよあれよという間に寿退社して、それぞれの幸せを掴んでいった。

 

私も恋の一つや二つなかったわけじゃないのよ。

だけど、あの頃の私には、誰かの胸に飛び込んで、その人と人生を歩んでいく気持ちにはなれなかった。

 

 

そして、お互い40歳を祝う、久々の女子会。

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「うわぁ!あなた変わってないわね!相変わらず、お洒落な服着てるわね~」

「ほんとよ~!お肌も綺麗だし、さすがキャリアウーマン!」

 

その後は、みんな、互いに旦那や子ども達の愚痴合戦を繰り広げる。

子どもの反抗期に、習い事の話。

タツムリのように脱ぎっぱなしの旦那の靴下の話。

 

そして、時折、私にこう言うの。

「あなたはいいわよね~自由で」

 

私は微笑みを浮かべつつ、シャンパーンの気泡を眺めながら、心の中で呟くの。

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ねぇ、みんな。

私は、あなた達が体験できないことを確かにたくさんしてきたわ。

それを「自由ね」って羨ましく思うかもしれないけれど、でもね、

実際は、まるで行く先もわからない浮雲のようなものなのよ。

 

あなた達には、繋ぎとめてくれる人がいる。

受け止めてくれる場所がある。

そこに幸せがあるのよ。

 

だけど、私は、これからも彷徨い続けるの。

自分で選んだ道だから。

 

I've Never Been To Me(愛はかげろうのように)

歌手:Charlene(シャリーン)

作詞:Ron Miller

作曲:Ken Hirsch

負けないで

恋には色んな形がある。

大人の人から見たら、中学生の恋は、恋のうちに入らないかもしれない。

だけど、子どもは子どもなりに一生懸命に恋をしてるんだ!

 

小学生の頃だって「好きだな~いいな~」と思う子はいたけど、兄弟みたいにみんなで楽しく過ごしている中で芽生えた感情だったと思う。

あれを初恋かというと、違うって言いきれる私がいる。

だけど、今回のは絶対に「恋」だ!!

 

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私の心を躍らせたのは、同じ学年のサッカー部のエース。

彼は、勉強は苦手だけど、運動のセンスはピカイチ。

ただ、彼の凄いところは、才能にかまけることなく、誰よりも朝早く来て、そして部活終了後も一人だけグラウンドに残って、毎日一生懸命練習に取り組んでいたところだ。

 

ひたむきな彼は、凄く凄く眩しかった。

偶然にもその姿を知った時、「自分も頑張らなきゃ!」と勝手に勇気を貰い、次の日から彼がグラウンドにいる間は、私は教室や図書室で受験勉強に取り組むようになった。

 

そんな生活を送ってると、自然と登下校が同じ時間帯になり、距離がグッと縮まった。

ラッキーなことに同じ通学路だったから、二人で会話する時間も増え、友達以上恋人未満っていうのかな、そんな感じになっていった。

 

 

そして、中学3年生の秋。

進路を考える時期になると、二人とも同じ高校を考えるように・・・

 

 

でもね、それは無理な話。

だって、彼はスポーツを優先させてきた人だったから、私が望む志望校へは到底届かなかった。

彼の口から「頑張るから!俺、諦めないから!」という言葉を聞くたびに、どんどん胸が苦しくなった。

 

大人たちはこんなことを言うとバカだなって失笑するかもしれないけど、あの時の私は彼と一緒にいつまでもずっといたかったの。

だから、いつしかこんな考えが頭をよぎるようになっていた。

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志望校、下げようかな・・・

 

その言葉を口にした時、彼に言われた。

「頑張るお前が好きだったのに。俺のために諦めるなんて、言うなよ。俺がお前を苦しませてるなら、俺たち、別れよう。」

 

あぁ、なんてことなの!?

受験間近の大事な時期に、失恋してしまった・・・

 

暫くの間は、何もする気が起きなかった。

塾も休んだ。

その間、ずっと聞いていたのは、彼との思い出のCD。

 

このまま恋も受験もどっちもダメになるなんて、それだけは絶対に嫌だ・・・

そんな恥ずかしい私を彼には見られたくない・・・

 

それからは、とにかく必死に机に向かった。

「わき目もふらず」とは、まさしくこのことを言うのねってくらいに。

 

晴れて高校に合格し、入学式の朝。

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玄関の扉を開けると、そこには同じ高校の制服を着た笑顔の彼が立っていた。

 

え・・・!?

 

難関と言われて少数しか入れない『スポーツ推薦枠』を彼は見事勝ち取っていたのだ。

失恋したはずなのに、こんなにも清々しい恋をしていたなんて、これって私の生涯の宝物かもしれない。

そんなふうに、今、あなたに恋したことを心から誇りに思える私がいる。

 

負けないで

歌手:ZARD

作詞:坂井泉水

作曲:織田哲郎

 

異邦人

大学受験に失敗した私は、予備校に通うことになった。

高校の時みたいに3年間苦楽を共にした仲間とも離れ、独りぼっちの戦いが始まった。

周りの浪人生たちを見渡すと、チャラい感じの子もいれば、何浪かしてる感じで切羽詰まった雰囲気のがり勉タイプもいた。

私と似たようなタイプがいなくて、かえって授業に集中できるかと思っていたけれど、今にして思えば、それがあの頃の私にとっては、果たして良かったのか・・・

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教室の一番前で授業を受けるのが日課になっていた私。

とにかく学力をつけて、こんな孤独な場から少しでも早く卒業したかった。

 

高校の先生達とは違って、さすがプロって思えるくらい、熱のこもった授業が毎日行われている中、絶対に生徒と目を合わせようとしない講師が一人だけいた。

問題集と黒板だけを見ているのに、教え方は上手かった。

でも、何より、教室の雑音があったとしても、耳に入ってくる先生の声が、私の中に沁み込んでいく不思議な感覚に私はいつしか酔いしれた。

 

教室内では、先生も孤独。私も孤独。

なんだか、シンパシーを勝手に感じてしまった。

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それからは、今では一番嫌いだった古文が、自分でもビックリするくらい興味がわいてきて、質問に講師控室を訪れるまでになっていた。

 

どれだけ通っただろう。

先生が古典の世界観を語る時、授業の時よりも言葉に熱量を感じる。

私も同じ温度を感じたくて、先生の声だけに集中する。

あぁ、まるで二人で時空の旅をしているみたい。

私も、先生みたいになりたい・・・

 

いつしか、先生の出身大学への進学を私は決めていた。

 

 

大学入試結果発表の日。

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先生のお陰で、私、合格したよ!!

嬉しくて、合格通知を握りしめて、予備校に向かって駆け出していた。

先生、きっと、喜んでくれるだろうな!!!

 

格通知を見た先生からかけてもらえる言葉や笑顔を想像しながら、私は高鳴る鼓動を押さえて、扉をノックした。

扉を開くと、そこには他学部を受験した生徒達も報告にやって来ていた。

 

先生は、私の合格通知を確認し、発した言葉はこれだった。

「おめでとうございます。これからも頑張ってくださいね。」

 

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その時、初めて気づいたの。

あなたにとって、私は、大勢の中の一人だったのね・・・って。

 

まるで、それまでの日々が高熱にうなされてる中で見た幻影のように、崩れ去っていく。

自宅までの帰り道、頭がぼんやりして、いつも見慣れた風景がモノトーンに私の目には映っていた。

どれだけの時間が過ぎたんだろう。外は真っ暗になっていた。

 

このままで終わってしまっていいの?

 

机の灯りをつけ、引出しから便箋を取り出した。

最後に、せめて募った想いだけは伝えようと・・・

 

でもね、いざ 書こうとすると、笑っちゃうんだけど、何も書けなくて。

 

そっか・・・

本当は、私、先生の何も知らなかったんだね・・・

 

先生にとっても、きっとそうなんだろうな。

お互い、道行く途中、ほんの一瞬、すれ違っただけの関係だったんだね。

何かが始まることすらなかった、私の一方的な片思い。

自分で消すしかないんだよね・・・

 

そして、私は手紙に書いた。

「先生、有難うございました。さよなら。お元気で。」

 

異邦人

歌手:久保田早紀

作詞:久保田早紀

作曲:久保田早紀

 

時には昔の話を

この話は、主人や子ども達には語らないでおこうと、私の胸に秘めてきました。

ですが、時折、まだ自分がこの世に生かされていると感じた時、堪らなく誰かに聞いてほしくなる時があります。

今日は、どうかこの年老いた私の呟きを、皆さん、聞いてくださいね。

 

私は、女子学生の頃、あの太平洋戦争を経験しております。

当時、私には愛する人がいました。

その方は、後に特攻隊員として海へと散っていきました。

特攻隊というと空のイメージを持たれている方が多いかもしれませんが、「人間魚雷」として、爆薬と共に敵艦へと突撃していく生還することのない任務に彼は就いていました。

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出陣される前に、今でいうピクニックのようなものを想い出としてしました。

ただ、現在のように、男女二人だけでというのは憚られる時代だったため、私の小さかった弟も一緒に行ったのを覚えています。

また、人前で手を繋ぐことなどできなかった時代ですが、おにぎりを手渡す際に触れ合った手の温もり、今でも忘れることはありません。

 

必ずあなたのもとへ帰って参ります。

その時は、結婚しましょう。

 

叶わぬ夢だとお互いがわかっていました。けれども、彼の生きる希望になるであればと思い、私は「お待ち申しております・・・どうかご無事で・・・」と涙ながらにお答えしました。

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私も親戚宅へと疎開していたこともあり、彼がお国のために大海へ散っていったことを知ったのは、戦争が終わって暫く経ってからのことでした。

 

彼は戦地へ赴く前、仲間たちと訓練所では明るく笑顔で過ごしていたと聞きました。

誰もが散っていく命だとわかっていても、虚しい現実を直視しないようにして、必死で恐怖に耐えていたのかもしれません。

そして、身体じゅうで、生命の息吹の一瞬一瞬を捉え、感じながら、残された日々(限りある命)を大切に過ごしていたのでしょう。

 

あなたが命をかけて守ってくださったお陰で、私はこうして幸せに暮らしてこられました。

息子が、そして、今では孫達があの頃のあなたと同じ歳になり、あなたを独りで逝かせてしまったことに胸が張り裂けそうになります。

 

若くして散っていったあなたにも、きっと見果てることのない夢、未来、希望があったことでしょう。

もうすぐ私もそちらへ参ります。

あなたの描いたその夢に私が描かれていたのであれば、どうかあと少しだけ待っていてくださいね・・・

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時には昔の話を

歌手:加藤登紀子

作詞:加藤登紀子

作曲:加藤登紀子